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2014年4月15日 (火)

角屋もてなしの文化美術館(京都島原)

 

角屋と書いて「すみや」と読む。胡麻油ではない。京都にかつてあった花街の一つ島原に残る揚屋(料亭)の建物。現在は揚屋廃業していて、当時の建物を美術館として公開している。

Cimm8000b_tn Cimm8008b_tn  島原は、御所の南→東本願寺の北→西本願寺の西と移転してきて、最後の移転が肥後の島原の乱の直後で、移転当時の慌ただしさが島原の乱を彷彿とさせる事から通称として「島原」の名を冠したそうだ。

Cimm8014b_tn Cimm8018b_tn  概ね1階が主の住まい、2階が料亭としての座敷になっていて、顧客をすぐに2階に揚げたので「揚屋」。遊郭と違って風俗営業はしておらず、芸妓を「置屋」から派遣してもらって客を饗応していた。遊郭の最高位が「花魁」であるのに対して花街の最高位は「太夫」。

Cimm8030b_tn Cimm8031b_tn Cimm8037b_tn  島原の地に移転してきたのが江戸時代の初期。その頃は間口一間の普通の町家だったがその後両隣を買い取り増築して今の間口三間の巨大町家に成長した。概ね移転・増築当時の建物ではあるが内装は逐次更新している。電気のない時代から夜間営業をする為に灯明を明々と焚いていた為に煤が大量に発生していて内装品は黒く煤けている。

Dsd_2160b_tn Cimm8028b_tn  1階の庭(臥龍松の庭)には松と桜が植わっていて奥には茶室が三室。隅に植わった八重(普賢象?)が満開。

Cimm8051b_tn Cimm8052b_tn  坪庭では新緑と苔の緑が鮮やか。

Cimm8021b_tn  2階には主な座敷だけで7部屋あり、それぞれにテーマが決められていて襖絵や天井、障子の桟、引き手、欄間、釘隠がそれに合わせたデザインになっている。源氏香を用いた釘隠は如何にもだし、曲線を取り入れて錯視を招き立体的に見えるようにした障子の桟はとても江戸期のアイデアとは思えない。一部屋一部屋驚きの連続。残念乍ら2階は一切撮影禁止なので、記録出来ず記憶のみ。

Cimm8078b_tn Cimm8073b_tn Cimm8076b_tn  玄関に相当する部分は今は閉ざされているのだが、そこには角屋の家紋を描いたのれんが掛かる、で、その奥にはお札?

 島原の周り。

Cimm7990b_tn  最寄り駅のJR丹波口駅前の薬局はパンダ。

Cimm8112b_tn  島原の東の玄関口、大門の外に連なる島原商店街。その一角に聳える木造3階建て。

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