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2008年6月 6日 (金)

きょうのきょう(行く末)

F1050849a_tna  今日だったか昨日だったか、宣伝車が献血を呼びかけて何度も家の前を走り抜けていった。どこだかの学校の跡地に献血車が来ているらしい。が、学校の名前をいわれてもどこだか分からないよ。人が集まらないのか結構必死っぽかった。
 初めて献血したのは学生時代。友人と連れだって会場になっている宗教センタに行ったら、鼻炎薬を飲んでいるなら止めた方がいいと言われたっけ。翌日薬を飲まずに行ってリベンジを果たしたけど。昔の職場には時々献血車が来ていたので抜け出して何度か献血に行ったりしていたっけ。今は渡英歴が災いして献血禁止というか拒否される身になってしまった。

 Webニュースを見ていると、神奈川県では自宅で最期を迎えたいという人は1割ほどだったそうだ。都会ほどその割合が下がりそうな気がするが、全国的にはどうなんだろう? 国は死ぬ時は家で死ね政策を進めているらしい。それと反するぞ、という趣旨の記事だった。いろいろな事情があるのだろうが、自宅に帰っても看取ってくれる人がいない場合はどうすればいいのだろう? 少子化が進むということは、国民の半分は家に帰っても一人という時代が来ると言うことなのに。
 国策としては病床が不足しているので長患いするなら追い出す、という方針らしい。確かに、病床は限られた資源なので優先順位を付けて提供することは必要かもしれない。しかし、治る見込みのない患者は家に追い返すより、ホスピスのような終末医療を豊富に提供すべきじゃないのか? 医療病床と終末医療とどっちの方が提供しやすいのだろう? 終末医療のコストが極端に高くないようなら、無為に続く延命治療を健保から外し、終末医療を健保の対象にする。その上で自由に選択できるようにしておく。と言うのが最適解に思えるのだが。
 まぁ、患わずポックリ逝けるのが人生最大の幸せなのかもしれない。

 画像は昨年京都駅前で見かけたアンブレラハウス。段ボールハウスより可搬性能は高いのかも。

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